八村塁はジョンストックトンから指導を受けていたのは本当?

八村塁が大学時代に教わっていたおじさんは誰?成績はどうだったの? 八村塁

”世界で60人”しか指名されることのない狭き門であるNBAに、1巡目指名(全体9位)を受けた八村塁。

 

その難易度はとても高く、米国内の高校でプレーしている選手のうち、NBAドラフトで指名される確率は0.03%(1万人に3人)と言われるほど。

 

そのため高校からではなく、大学からアメリカに渡った八村塁がNBAドラフトで指名を受けたのを”歴史的快挙”と言われるのも納得ですね。

 

そんな八村塁が大学時代にバスケットボールを教わっていたのは”ジョンストックトン”だというのです。

本当なのでしょうか?

 

今回は「八村塁はジョンストックトンから指導を受けていたのは本当?」と題してまとめていきます。

 

八村塁はジョンストックトンから指導を受けていたのは本当?

 

八村塁はゴンザガ大学のエースとして活躍していました。

 

その裏では、おじさんにバスケを教わっていたということで、そのおじさんが

 

ジョンストックトン

 

だったというのです!

どうやらこの噂は本当だったようです!

 

八村塁が教わっていたのは元NBA選手!

 

八村塁が、ゴンザガ大学時代にバスケを教わっていたという”おじさん”の正体は、

 

 

なんと、NBAのユタ・ジャズで活躍したジョン・ストックトンでした

 

 

実はジョン・ストックトンもゴンザガ大学出身で、八村が進学を決めた2016年から「あのジョン・ストックトンの出身校であるゴンザガ大学に」と話題になっていたのです。

 

 

そんな縁もあってか、日本にいた時と同じように朝練のためゴンザガ大学の体育館へ行った八村塁は、レジェンドのジョン・ストックトンからバスケを教わったのだそう。

 

八村塁は中学時代の恩師である坂本にもその話をしており、「驚くほど上手いおじさんがいる」と話していたようです。

 

これを機に、八村塁はジョン・ストックトンからバスケを教わるようになり、主にパスを中心に伝授されました。

 

ジョン・ストックトンのプロフィール

 

まず、ジョン・ストックトンの簡単なプロフィールは以下の通り。

 

  • 名前:John Houston Stockton
  • 生年月日:1962年3月26日
  • 出身地:ワシントン州スポケーン
  • 身長:185cm
  • 体重:80kg
  • ポジション:PG
  • 背番号:12ユタ・ジャズ永久欠番

 

NBA殿堂入りしていて、キャリア通算アシスト数とスティール数でNBA歴代1位の記録を持ち、史上屈指のPGの1人と言われるレジェンドプレイヤーのジョン・ストックトン。

 

 

しかしそんなジョン・ストックトンですが、ドラフト前は全くの無名だったため、「まさかドラフトされるとは思っていなかった」と語っています。

 

通常、ドラフト指名されるような有力選手は会場に呼ばれるが、ジョン・ストックトンは会場にも呼ばれないほどノーマークであり、自宅でTV中継を観ていたほどだった。

 

そのため、1巡目16位でユタ・ジャズから指名を受けたジョン・ストックトンは、電話をかけてきたドラフト中継の解説者から「世間ではブーイングではなく、フーイング(who)だ」と言われるほどの無名プレイヤーだったそう。

 

ジョン・ストックトンの凄さ

 

そんなジョン・ストックトンですが、4シーズン目になり頭角を現し始め、1試合平均13.8アシストを記録してアシスト王を獲得します。

 

それ以降、9年連続アシスト王に輝いています。

 

その中でも、1989-1990シーズンの1試合平均14.5アシストは、現在でもNBA歴代最高記録です。

 

 

特段運動能力が高かったわけではないジョン・ストックトンの特徴は、視野が非常に広いことで、コート全体の状況把握能力が飛び切り高かったです。

 

その正確さは「まるでインカムを使って選手に指示を出している」とのジョークが生まれたほどで、コート全体を把握できる広い視野により正確なパスでアシストを量産しました。

 

 

さらに、185cm、80kgと決して大柄ではないジョン・ストックトンですが、非常に優秀なディフェンダーでもありました。

 

臨機応変に相手をマークし、タイトなディフェンスから生み出されるスティールでチームを幾度も救いました。

 

その凄さは、彼の残した通算スティール数3265(歴代1位)という数字からも見て取れます。

 

 

ジョン・ストックトンは、フリーでパスを貰えば確実にジャンパーを決める能力にも長けていて、3ポイントシュートの確率もリーグ入りから最初の3年を除くと、平均40%以上の正確さでした。

 

 

また故障がとても少ない選手でもあり、NBAで活躍した19シーズンのキャリアを通して17シーズンは欠場なし、加えて609試合連続先発出場のNBA記録も持つ、まさにレジェンドプレイヤーなのです。

 

ジョン・ストックトンは性格が悪かった⁉

https://twitter.com/utahjazz/status/713779946175377408?s=20

 

洒落っ気が全くない髪型に田舎の実直な青年のような容姿で、温厚な性格の持ち主だと言われるジョン・ストックトン。

 

ところがそのような印象とは裏腹に、選手間では『影のダーティー・プレイヤー』として名高かったのです。

 

 

というのも、実はオンコートでのジョン・ストックトンは非常に気が強く、審判の目を盗んでユニフォームを掴んだり、エルボーを打ち込むのは日常茶飯事。

 

このようにラフプレーが多く、ファウルを貰うのも上手かったため、あのデニス・ロッドマンですら「NBAで1番汚いガード」とコメントしました。

 

 

オンコートでのジョン・ストックトンは、普段の温厚さとは真逆で闘争心に溢れていたのですね。

 

まとめ

https://twitter.com/washwizards/status/1142122681535541248?s=21

 

今回は、八村塁が大学時代にバスケを教わっていた”おじさん”について詳しく調べてみました。

 

まさかそのおじさんが殿堂入りを果たしている、NBAレジェンドプレイヤーのジョン・ストックトンだとは驚きました!

 

もしあの時代に『神様』マイケル・ジョーダンがいなければ、ジョン・ストックトン率いるユタ・ジャズも、NBAチャンピオンに輝いていたこと間違いないでしょう。

 

そんなレジェンドプレイヤーから直々にバスケを教われるとは、八村塁にとってもこの上ない幸せだったに違いないと思います。

 

八村塁のこれからの活躍に、ますます注目していきたいですね!

 

>>八村塁の大学の成績は?NBAデビューまでの道のり!