映画「もののけ姫」に登場する、大きな鹿のような“シシ神様”。
一見して巨大な鹿の印象を受けますが、サルのような赤い顔、人間の賢者の表情を持った顔、猫を思わせる目など、森の王者としての風格を備えています。
そのシシ神様ですが、一歩、足を踏み出すごとに、なぜか踏まれた草は一瞬で芽吹き、また一瞬にして枯れていきます。
シシ神様が歩いたあとに、なぜ草が枯れるのか、その理由はなにか。
「もののけ姫」の中で一種特別な存在、シシ神様が歩いたあとに草が枯れる理由について考察してみたいと思います。
【もののけ姫】シシ神様が歩いた後に草が枯れるのはなぜ?理由を考察!
引用:スタジオジブリの作品
シシ神様が歩いた後に草が枯れてしまう理由について、以下の理由が考えられます。
- 理由① 鹿は森や山を守る生き物としてのシンボルであり、一面では神とも称えられる存在であるため、生と死を操ることができる
- 理由② 原生林における人間と生き物の関係
- 理由③ 「自然との共生思想」からの現実性
それぞれ詳しく紹介します。
理由①生と死を操ることができる
タケシが久しぶりに父親に会ったシーンのハチさん、もののけ姫のシシ神様かと思ったよwww #スカーレット pic.twitter.com/DOc09FmoVv
— すっさん (@assantonakai) February 20, 2020
“シシ神様”の姿を見て分かるとおり、全体として巨大な鹿のようです。
詳細には、人間のような顔であり、猫のような目、また、イノシシのような体、蹄を持った鳥の足など、様々な動物の様態を持った霊獣として描かれていて、自然界の生き物を象徴する存在であるといえます。
そのような存在であるシシ神様は、生と死を操る能力を持っているのではないでしょうか。
理由②原生林における人間と生き物の関係
#映画で印象に残っている死#もののけ姫
シシガミの歩くときの草のリアクションで生と死を演出。
シシガミをめぐる人間の身勝手さ、しかし生きることの大切さが
シシガミのキャラクターになってると思う。 pic.twitter.com/szHzh2yCBC— 先駆魁@絵描き (@kae_sakigake) May 29, 2019
テーマ性を持った映画「もののけ姫」は、人間が山林を破壊し、原生林を壊して自らの生活圏とする中で、破壊された原生林や里山の復活をテーマとしていると考えられます。
そこには様々な生き物が住み、居住権の争奪が行われるわけですが、それらをすべて総括する存在としてシシ神様が登場します。
昼と夜とでは別の姿を持つシシ神様は、昼に活動する生き物、夜に活動する生き物のすべてを超越した存在であり、森や原生林を破壊してきた人間に対する戒めの象徴でもあります。
つまり、シシ神様が歩いた後に草が枯れてしまうのは、こういった原生林における人間と生き物の関係を表しているのではないでしょうか?
理由③「自然との共生思想」からの現実性
2005年ジブリカレンダーのこちらは、ポストカードなどにもなっていて、よく見るかなと思うのですが。これもシチュエーションが謎ですよね?!
サンは本当にシシ神と対面したのでしょうか?
サンの表情、そしてアシタカの手を握っているところがまた、最高なんですよね🤭#もののけ姫 pic.twitter.com/dgXqsOX601— なお🍀 (@midorino_oto03) August 10, 2021
環境破壊が叫ばれている昨今、自然との共生思想ということでの現実性を考えた場合、里山などの必要性を十分に認識しながらも、それを破壊していく人間の愚かさが露呈しています。
そういったものが、自然界に生きる人間を含めた生き物の象徴としてのシシ神様の存在を通し、生と死の表現としての枯れる草があるのではないでしょうか。
まとめ
🐺#もののけ姫🐗
🌳明日よる9時🌳死の呪いにかけられた少年🏹
犬神に育てられた少女🌿2人は大いなる運命の渦に
飲みこまれていく🌀#宮崎駿監督 #スタジオジブリ #ジブリ #アシタカ #サン #シシ神 #ディダラボッチ #コダマ pic.twitter.com/WGiwt5zzzA— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) August 11, 2021
以上、「もののけ姫」の中で一種特別な存在、シシ神様が歩いたあとに草が枯れる理由について考察してみましたがいかがだったでしょうか?
考えられる理由として、以下の3点が挙げられました。
- 理由① 鹿は森や山を守る生き物としてのシンボルであり、一面では神とも称えられる存在であるため、生と死を操ることができる
- 理由② 原生林における人間と生き物の関係
- 理由③ 「自然との共生思想」からの現実性
巨大な鹿のような体、人間の賢者を思わせる風貌、猿のような赤い顔、蹄を持つ鳥の足など、多様な生き物の姿をまとった“シシ神様”は、生と死を操る神と言えるでしょう。
また、人間の生産活動によって荒廃させられていく森や里山、原生林などとの共生を訴えかける存在とも言えます。
宮崎監督が訴えかける「人間と自然」という大きなテーマの中で、シシ神様が通った後に一瞬で生を受けて燃え、また、一瞬で枯れていく草は、自然の営みははかないものであり、それを生かそうとするのも、荒廃させてしまうのも、自然界に生きるものたちすべての営みによるものだと言っているように思えます。
シシ神様の首を狙った理由も考察しています。