ゴーストバスターズの小ネタや裏話10選!また観たくなるトリビアを紹介!

ゴーストバスターズの小ネタや裏話10選!また観たくなるトリビアを紹介!ゴーストバスターズ

シリーズ最新作『ゴーストバスターズ/アフターライフ』も公開され、ますます話題沸騰の『ゴーストバスターズ』。

今回はそんな『ゴーストバスターズ』の小ネタや裏話、トリビアをご紹介。

主演のビル・マーレーやダン・エイクロイドはもちろん、紅一点のシガニー・ウィーバー、本当は出演予定だったあのビッグスターの裏話。

 

マシュマロマンや主題歌にまつわる制作秘話や小ネタなど、知っていれば『ゴーストバスターズ』をますます楽しめ、また観たくなるトリビアをご紹介します。

 

ゴーストバスターズの小ネタや裏話10選!

 

『ゴーストバスターズ』をさらに楽しめる小ネタや裏話、トリビアをご紹介します。

 

  • 最初のタイトルは『ゴースト・ストッパーズ』
  • ダン・エイクロイドは超常現象愛好家
  • シガニー・ウィーバーもオーディション
  • リック・モラニスが悲鳴、プロトンパック
  • ジョン・ベルーシが最初の候補
  • ゴーストスライマーのモデルは?
  • 主題歌秘話
  • マシュマロマン当初は100m?
  • アーニー・ハドソン、出番が大幅にカット
  • 不仲だったビル・マーレーとハロルド・レイミス

 

意外な秘話などもあったりする『ゴーストバスターズ』のトリビアです、それでは一つずつみていきましょう。

 

最初のタイトルは『ゴースト・ストッパーズ』

 

『ゴーストバスターズ』というタイトルですが、製作の段階ではなかなかタイトルが決まらず、最初の候補に挙がったのが“ゴースト・ストッパーズ”でした。

その後、正式に“ゴーストバスターズ”というタイトルになりますが、問題が浮上します。

1975年-1976年に子ども向けのテレビシリーズとして“The Ghostbusters”というタイトルがすでに使われていて、所有権はユニヴァーサル・スタジオにありました。

 

映画の公開を1984年6月と決定していたコロンビア・ピクチャーズはユニヴァーサルと交渉しますが、交渉が決裂した場合の代替策として“ゴーストバスターズ”以外のタイトルを模索。

『ゴーストブレイカーズ』、『ゴースト・ブラスターズ』などのタイトルが候補として挙がる中、コロンビアの社長だったフランク・ブライスがユニヴァーサルへ移籍、社長に就任します。

フランク・ブライスは“The Ghostbusters”のタイトルを、50万ドルと映画の収益の1パーセントでコロンビアへ売却するという展開に至ります。

 

そのようなことから、晴れて『ゴーストバスターズ』のタイトルが使用できるようになりました。

『ゴーストバスターズ』というタイトルひとつにも紆余曲折があったようです。

 

ダン・エイクロイドは超常現象愛好家

 

シャーロック・ホームズシリーズなどで有名なコナン・ドイルが心霊主義に傾倒していたことはよく知られています。

『ゴーストバスターズ』で脚本を担当したダン・エイクロイドも超常現象に興味を持っていて、超常現象を扱った雑誌や書物を読むのが好きだったといいます。

そもそも彼は霊感の強い家系に育ったようで、ダンの曽祖父は超常現象研究家として有名で、降霊会なども行っていたようです。

 

そして、ダンの父親は『幽霊の歴史 降霊の真相』という本を出版。

家にはアメリカ心霊研究会の機関紙なども置いてあったといいます。

そういった家系の血を受け継いだのでしょう、ダン自身も幽霊などの存在を信じていたようで、そういったことから『ゴーストバスターズ』の脚本の執筆となったようです。

 

シガニー・ウィーバーもオーディション

 

ウディ・アレン監督の『アニー・ホール』(1977年 アカデミー作品賞受賞)の端役で映画デビューしたシガニー・ウィーバーは、2年後の『エイリアン』で主役を獲得。

見方によってはかなりエロティックな内容の『エイリアン』で衝撃的な印象を残したシガニー・ウィーバーは、映画の成功とともに、その知名度は一気に高まりました。

『エイリアン』の時点で、すでにビッグスターと呼んでもいい存在となったシガニー・ウィーバーも、『ゴーストバスターズ』ではオーディションを受けています。

 

『アニー・ホール』はコメディタッチでしたが、『エイリアン』はホラーサスペンス。

コメディの端役(ほとんどチョイ役)の経験しかないシガニー・ウィーバーにコメディのヒロインが務まるかどうか、監督のアイヴァン・ライトマンは危惧したようです。

なにしろリプリーの印象が強烈でしたから。

 

しかし、オーディションで宙に浮かぶ演技をしてみせたシガニー・ウィーバーを見たアイヴァン・ライトマンは十分納得したらしく、見事合格となったようです。

 

リック・モラニスが悲鳴、プロトンパック

 

ゴーストバスターズのトレードマークといえば、消防士のようなちに背中に背負ったプロトンパック。

小型原子炉を搭載してビームを発射し、ゴーストを吸い込んで捕獲したり攻撃をしたりと大活躍ですが、出演俳優をはじめとした彼らが背負っていたプロトンパックの重さは30ポンド(約13キロ)。

もちろんこれは撮影用の小道具(プロップス)ですが、小道具とはいえ13キロはやはり重い。

 

13キロといえば3歳くらいの子どもとほぼ同じ重さ、ビル・マーレーやダン・エイクロイドなどの主だった俳優たちは重いプロトンパックを背負って動き回るのですから大変です。

しかし彼らは身長も180センチクラスと大きく、アーニー・ハドソンなどは体つきもガッチリしていますが、可哀そうなのは小柄なリック・モラニス。

ゴーストバスターズに触発されたルイス(リック・モラニス)もプロトンパックを背負うことになりますが、背負った瞬間「重い…」。

 

お気の毒なリック・モラニスでした。

 

ジョン・ベルーシが最初の候補

 

すっかりお馴染みのゴーストバスターズ4人組ですが、製作当時、主演俳優として候補に挙がっていたのがジョン・ベルーシでした。

『アニマルハウス』(1978年)、『1941』(1979年)、『ブルース・ブラザーズ』(1980年)などで主役を務め、すでにビッグスターの仲間入り。

脚本のハロルド・レイミスやアイヴァン・ライトマンとも旧知の間柄ということもあったのでしょうし、ダン・エイクロイドとは『ブルース・ブラザーズ』で名コンビぶりを発揮。

 

ジョン・ベルーシの起用は既定の事実だったようですが、その直前、1982年3月5日にハリウッドの高級ホテル内で薬物の過剰接種により33歳で死去してしまいます。

『ゴーストバスターズ』はジョン・ベルーシの幻の出演作となりました。

 

ゴーストスライマーのモデルは?

 

『ゴーストバスターズ』には様々なゴーストが登場します。

図書館で静かに読書をするライブラリー・ゴースト、地下鉄に現れるサブウェイ・ゴースト、レイモンド(ダン・エイクロイド)のベッドに現れた美女のドリーム・ゴーストもいました。

中でも、一作目から現れて、とても印象的なのが大食いのゴースト“スライマー”。

 

肥満体で大食いの男が、死んで幽霊になった後も旺盛な食欲が残り、ホテルに現れて料理を食べまくるゴーストで、怖いようなユーモラスなような、食いしん坊のゴーストです。

この食欲旺盛な食いしん坊ゴースト“スライマー”にはモデルが存在します。

1982年に急逝きゅうせいしたジョン・ベルーシがそのモデルで、『ゴーストバスターズ』出演予定だったベルーシが亡くなったことを受け、ゴーストとして登場させたようです。

 

ジョン・ベルーシの亡くなった場所がハリウッドの高級ホテルだったことから、“スライマー”が登場するシーンも高級ホテルになったようです。

 

主題歌秘話

 

軽快なノリで、思わず口ずさんでしまいたくなるようなゴーストバスターズのテーマソングを作ったのは、リズム・アンド・ブルース(R&B)の人気ミュージシャン、レイ・パーカー・ジュニア。

監督のアイヴァン・ライトマンに依頼されて作ったこの曲は、ビルボード誌のヒットチャート1位を3週間に渡って独占するなどの記録的快挙となりました。

しかし、その後、このテーマソングは当時の人気ロックバンド、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの“I Want a New Drug”に酷似していることが判明、訴訟騒ぎが持ち上がります。

 

コロンビア・ピクチャーズを巻き込んでの訴訟騒動となりましたが、1995年に和解が成立、訴訟は終結となっています。

 

マシュマロマン当初は100m

 

『ゴーストバスターズ』のマスコットと呼んでもいいような巨大な怪物マシュマロマン。

破壊の神ゴーザに、破壊の使者を選べ、と言われてレイモンドが思わず浮かべてしまったのが、キャンプのたき火で焼いて食べたマシュマロ。

そのマシュマロが巨大な破壊の使者マシュマロマンとなって夜のニューヨークに現れ、破壊の限りを尽くしていきます。

 

このマシュマロマンのデザインの元となったのが、“ビバンダム”とも呼ばれるミシュランの“ミシュランマン”。

そして、アメリカの菓子生地の老舗しにせ製粉会社ピルズベリーのイメージ・キャラクター“ポッピン・フレッシュ”、愛称は“ドゥボーイ”とアンジェラスのキャラクター。

この三体のデザインを組み合わせて作ったのがマシュマロマンで、最初の脚本では100mを超える巨大なもので、“自由の女神”の隣から出現する予定でした。

 

しかし、予算の都合によりサイズは約34mに縮小、セントラルパークからの出現に変更されています。

 

アーニー・ハドソン、出番が大幅にカット

 

出演予定だったジョン・ベルーシが急死したことで、幻の出演作となったことは述べましたが、実はジョン・ベルーシの他にもう一人、ビッグスターの出演が予定されていました。

ウォルター・ヒル監督、ニック・ノルティ主演の刑事アクション映画『48時間』(1982年)で映画デビューしたエディ・マーフィーです。

その後、ジョン・ランディス監督のコメディ『大逆転』(1983年)ではダン・エイクロイドとも共演、持ち味の“マシンガン・トーク”を活かしたコミカルな演技で人気を不動のものにします。

 

『ゴーストバスターズ』の黒人枠に出演を打診されていましたが、エディ・マーフィーはマーティン・ブレスト監督の『ビバリーヒルズ・コップ』(1984年)を優先(こちらは主演ですからね)。

『ビバリーヒルズ・コップ』はシリーズ化されて三作まで続く大ヒット。

マーティン・ブレストやトニー・スコット、ジョン・ランディスといった名監督の演出ということもあったのでしょうけど、エディ・マーフィーの人気と実力がうかがえます。

 

元々『ゴーストバスターズ』の脚本はエディ・マーフィーが入ることを想定して書かれていましたからウィンストン・ゼドモアの場面は多かったのですが、上記の理由により大幅にカット。

ウィンストン・ゼドモア役のアーニー・ハドソンには気の毒な結果となりました。

 

不仲だったビル・マーレーとハロルド・レイミス

 

コメディ集団セカンド・シティではビル・マーレー、ハロルド・レイミスは一緒に仕事をしており、その後もラジオ番組などで共演もしていて仲は良かったようです。

『ボールズ・ボールズ』(1980年)、『パラダイス・アーミー』(1981年)、そして『ゴーストバスターズ』、『ゴーストバスターズ2』で共演したりと関係は続きます。

しかし、ハロルド・レイミスが監督を務め、ビル・マーレーが主演をした『恋はデジャ・ヴ』(1993年)のラストシーンの服装問題をめぐって意見が対立。

 

ビル・マーレーとハロルド・レイミスの関係は急速に悪化。

以後、二人で一緒に仕事をするということはなくなっていきます。

しかし、それからおよそ20年後、炎症性血管炎で闘病生活を送るハロルド・レイミスのもとにビル・マーレーが現れます。

 

ハロルドの闘病を知り、地元の警察署で彼の自宅をたずねて案内をしてもらい、おそらくハロルド・レイミスはかなり衰弱していた思われますが、長い時間を二人で静かに過ごしたようです。

そして2014年2月24日、自己免疫性炎症性血管炎のため、ハロルド・レイミスは69歳でこの世を去ります。

長い時間をビル・マーレーと共に過ごしたときの会話がどのようなものであったのかは分かりませんが、関係の修復がなされ、仲直りをすることができたのだと思われます。

 

まとめ

 

ゴーストバスターズの小ネタや裏話10選!また観たくなるトリビアを紹介! ということで、いろいろな裏話などをみてきましたが、いかがだったでしょうか。

 

  • 最初のタイトルは『ゴースト・ストッパーズ』
  • ダン・エイクロイドは超常現象愛好家
  • シガニー・ウィーバーもオーディション
  • リック・モラニスが悲鳴、プロトンパック
  • ジョン・ベルーシが最初の候補
  • ゴーストスライマーのモデルは?
  • 主題歌秘話
  • マシュマロマン当初は100m?
  • アーニー・ハドソン、出番が大幅にカット
  • 不仲だったビル・マーレーとハロルド・レイミス

 

ジョン・ベルーシが存命で、エディ・マーフィーが『ビバリーヒルズ・コップ』を優先させずに参加していたら、どんな『ゴーストバスターズ』になっていたのか、ちょっと気になる裏話です。

映画には様々な逸話や裏話が隠されていますが、そんなことを知って、また改めて映画を観てみるのも面白いのではないかと思います。

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